願望を抱くことは誰にでも与えられた権利だ。それを叶えるかは、本人次第だろう。
世界トッププレーヤーになる。その目標を石川祐希はこれまで何度も口にし、そのための階段を常に上がり続けてきた。
プレーする舞台を世界最高峰リーグと称されるイタリア・セリエAに置いたこともそう。日本代表でキャプテンに就き、先頭に立ったこともそうだ。すべては自らの願いを叶えるうえでのアクションである。
振り返れば中央大学を卒業し、プロ選手として活動をスタートさせた2018年に石川はセリエAのシエナに入団。翌年はパドヴァへ、翌々年はミラノへ、とリーグ内の上位チームへ着々と所属先をステップアップさせた。その頃、石川が口にした“トッププレーヤーの定義”は「トップ4のレギュラーとしてプレーする選手」だった。当時、セリエAはルーベ、ペルージャ、モデナ、トレンティーノの4チームがプレーオフでもカップ戦でも常に頂点を競い合う“トップ4”として君臨、そのほかのチームと比べても力の差は歴然だった。
それでも石川は所属先で、そのトップ4から金星を奪う立役者となる。やがて「たとえトップ4にいなくとも、自分のチームが上位4つに入ればいい」という力強い言葉も飛び出し、2022/23シーズンにはプレーオフ準々決勝ラウンドでペルージャを下し、ミラノを史上初のベスト4に導いた。そうして2024/25シーズンからはついにペルージャへの移籍加入が決定。2023/24シーズンはリーグ三冠と世界クラブ選手権制覇を遂げたトップチームに迎えられ、かつて口にしていた願いを叶えてみせた。
まさに有言実行。それは“夢を実現する力”とでも表現できようか。石川祐希が携えるその力は、日本代表においても発揮された。
キャプテンに就いたのは2021年のことだったが、本人はいずれ自分がなるべきもの、なりたいものと考えていた。世界を見渡しても、石川がトッププレーヤー像の一人に挙げるブラジル代表のブルーノ・レゼンデはクラブ、代表ともにキャプテンを務め、パフォーマンスはもちろんのこと、コート上では激しい感情表現をいとわず、チームを鼓舞し扇動する。そして、その頃から石川に見られた変化も、レゼンデのような感情表現だった。
それより前からも得点シーンではガッツポーズを繰り出し、全力で喜ぶさまはあったが、発する熱量は明らかに増した。また普段からも、全体練習のツーボールゲーム(ボールを2個使って2対2のパスゲームを行うメニュー)では、ミスをした場面で腰から砕けるようにおどける様子も。負けず嫌いで、どんなことでも勝ち負けにこだわる性分だが、わざとらしいほどのアクションは以前の石川からは想像できない新鮮な姿に映った。それは彼なりのリーダーシップの一端に過ぎず、プレーでも日本代表をトップへと押し上げていく。
2022年世界選手権では前年の東京2020五輪金メダルのフランスをあと一歩のところまで追い詰めた。翌年は「目標はベスト4以上に入ること」と公言して臨んだネーションズリーグで日本史上初の銅メダルを獲得。さらに“ここで決める”と銘打たれたパリ五輪予選/ワールドカップバレーでは、早々に黒星を喫してあとがない状況をはね返して、パリ行きの切符をつかみとった。
今の日本代表の強さを形作っているのは、世界に引けをとらない個性豊かな面々が織りなすチームケミストリー。そのなかでもやはり石川のパフォーマンスは光る。今年のネーションズリーグでは昨年に続き、それも銀メダルという勲章つきで、大会ベストアウトサイドヒッターに選出された。名実ともに世界でトッププレーヤーのポジションは確立されたことに疑いの余地はない。
そうして集大成となるパリ五輪本番がやってくる。男子日本代表が掲げた目標は、金メダルだ。ここ数年の結果を見れば、それが決して夢物語ではなく、十分に期待できるものなのは確か。とはいえ、石川自身はそうした期待を受け止めつつ、冷静に語った。
「メダルのチャンスもありますが、みんなが思っているほど簡単ではないですし、必ず勝てる保証もありません。今まで以上に結果は出ていますし、ですが、それが(パリ五輪で)結果につながるかは関係ありません。僕たちのバレーボールをするだけなので。注目されている現状はありますが、地に足をつけないと足元をすくわれてしまうので。現実を見て、取り組んでいきたいです」
五輪本番を控え、取材陣から金メダルのイメージはできるか?と問いかけられると、きゅっと口元を締めた。
「ネーションズリーグの前よりかは、できています」
金メダルをつかむためのイメージが、石川含め選手たち本人のなかでよりくっきりしていることは好材料だ。「僕らは経験を欲していた」と石川が口にしたように、ネーションズリーグでメダル争いを、それも決勝の舞台で体験したことはパリ五輪本番でいざ同じシチュエーションになったときに必ずや生きる。
自力での五輪出場は16年ぶり、その過程を思えば、国際大会のメダル獲得は、欲するべきものではありながら現実とは遠かった。その距離感は世界の上位国に対しても同様だ。例えば、ブラジルに対してかつては「“勝てない”というイメージを持っていた」と石川や西田有志は明かすが、やがて競り合いを演じるようになり、昨年のネーションズリーグでは30年ぶりに撃破してみせた。その成功体験があるからこそ、日本代表の面々は今や、ブラジル含めた強豪国に対して「勝てる」「勝つ」イメージを持って臨めている。
そんな姿に思い返す。2023年2月、セリエAのコッパイタリア準決勝を週末に控え、石川と会話したときのこと。石川のミラノは準決勝でトレンティーノと対戦が決まっており、そこをクリアすれば、その時点でレギュラーシーズン無敗だったペルージャと決勝で戦うことになるだろうとは大方の予想だった。そのことについて水を向けると、石川は「ペルージャかぁ…」とこぼした。浮かべた苦笑いからは、強敵に対して“勝つ”までのマインドを持つまでに至っていなかったことが想像できた。
だが、それから約2ヵ月後のプレーオフで、石川はペルージャから勝ち星を重ね、最後は自らのバックアタックで撃破してみせたのである。以降、ペルージャの強さは認めつつも、もはや石川の中で倒せない相手ではなくなり、2023-24シーズンのプレーオフでも白星を奪っている。
実体験が自信を育み、有言実行につながり、また新たなステージへ己を引き上げる。石川の軌跡と日本代表の躍進が重なるのは、決して偶然ではない。
この夏、パリの地で誰もがメダルを願い、石川もその願望を強く抱いている。そして集大成の舞台できっと叶えるのだ。これまで何度も、口にしたことを実現してきたように。