8月1日(木)、石巻市総合体育館(宮城)は夏の暑さとは違う、熱気で満たされていた。集まったのは小中学生、合わせて60名。加えて、古川工業高校男子バレーボール部員と、SVリーグ男子の東レアローズ静岡から出向いた面々の姿がある。行われたのはバレーボール教室で、受講者を募るポスターの参加資格にはこのように記載されていた。
「バレーボールがもっと上達したい児童・生徒」
「これを機にバレーボールをやってみたい児童・生徒」
そして――。
「藤井選手のような選手になりたい児童・生徒」
藤井直伸、享年31。昨年春、この世を去った男子日本代表セッターの地元、石巻市でこの日、「心は一つ バレーボール教室」は開催されたのである。
それは藤井さんが生前から願っていたものだった。日本代表の司令塔を務め、2021年には東京2020五輪に出場。その壮行会や報告会では「石巻市でバレーボール教室を開いて、地元に恩返しをしたい」と母校・古川工業高校や石巻市の関係者と約束していた。
だが、東京2020オリンピックを終えた直後、藤井さんは病に侵され長らく闘病生活を送ることに。その夢は叶わなかった。
そこで今回、古川工業高校OBが有志となって、バレーボール教室の開催を実行に移した。また藤井さんが所属していた東レ静岡もプロジェクトに加わり、岩手県への遠征を前に現地入りし、教室では講師を務めた。
当日、参加した子供達の中にはまるで初心者の子もいたが、東レ静岡の選手たちは親切丁寧に、一緒になってボールをつなぐ。なかでも李博は人気を集め、小学生たちがつないだ手を離さないという光景も見られた。李といえば、藤井さんと東レ静岡と日本代表で長年コンビを組んだミドルブロッカーで、2人が繰り出すBクイックは芸術品と評されたほど。「藤井がいなかったら僕は何者でもない人間なので。ほんとうに感謝してもしきれないですし、その思いはこの先もずっと残りますね」と語る李は、参加した子供達と交流を深める中で思いを馳せた。
「藤井がここにいたら、きっと子供達と無邪気にはしゃいでいるでしょうね。高い声を出しながら、楽しんでいる様子が浮かびます」
もちろん本人はここにいない。ただ、それはオリンピックが開催中の「パリに行っているので」と表現したのは、古川工業高校の佐々木隆義校長だ。高校時代の恩師であり、藤井さんとはバレーボール教室の約束を交わした。逝去して1年と少し経ち、それが実現したわけだが、佐々木校長の中では教え子と一緒に作り上げた一日だった。
「みんなが『亡くなった』と口にするのを聞くと、そうなんだよなと思うんですけどね。私自身は藤井がいなくなった実感がないんです。卒業してあまり会えなくなった、それが今も続いている感覚です。
なので、この風景もおそらく本人は見ているでしょうし、夢が叶ったことを伝えずとも、わかってくれているだろうなと思いますね」
実は古川工業高校男子バレーボール部員たちは試合中、藤井さんがデザインされた東レ静岡のタオルをつけてプレーしている。今の現役高校生は当然、学年は被っておらず、直接の交流があったわけではないが、それもまた“心は一つ”の証しと言えた。
その古川工業高校の部員たちはバレーボール教室に手伝いとして参加した。藤井さん自身も高校時代は活動の一環として、地元の小学生たちを指導する機会があったという。いずれは指導者に。そんな未来図も想像できたが、藤井さんを現役時代から知る東レ静岡の阿部裕太監督はこう語る。
「指導者になっていたかもしれませんし、その道に限らず、いろんな人たちと関わる仕事をしていたのではないでしょうか。どんな分野でも、いい仕事ができたと思いますし、周りの人たちを幸せにできたんじゃないかなと思いますね」
「彼はほんとうに明るくて…明るすぎるくらいの存在でしたので、私は今も藤井が近くにいるのではないかという気持ちが常にあります。チームが大変な時も、藤井がどこかで力になってくれているんじゃないかなと。おそらく私だけではなく、チームのみんながそう思っているはずです」
藤井さん自身は東レ静岡でキャプテンを務め、闘志あふれるプレーと明るい人柄でチームを牽引した。その姿を見て、憧れを抱き、きたる2024-25 SVリーグへ思いを強くしたのが今年から加入した小野寺瑛輝。藤井さんと同じ宮城県出身、そしてポジションも同じセッターである。東レ静岡に入団が決まった頃にはすでに藤井さんは病床に伏しており、一緒にプレーする機会は巡ってこなかった。けれども、同郷の先輩である藤井さんの姿はずっと、その目に映っていた。
「小学生時代に所属していたスポーツ少年団のコーチが気仙沼市の東陵高校出身の方で、藤井さんと同学年だったんです。その方から『別次元の選手だ』と聞いていて、藤井さんの名前は知っていました。そこから中学でVリーグの試合に足を運んだり、高校時代に合宿でお世話になる中で、見ることが増えました」
県内の名門・東北高校に進学してからセッターを始めた小野寺にとって、藤井直伸はまさにお手本であると同時に、そのプレーに胸を踊らされる存在だった。
「僕自身もクイックを使うのが好きだったのですが、藤井さんのトスを見ていると、面白くて、ほんとうにワクワクしたんです。それに、感情を表に出して、『自分がチームを引っ張るんだ』という覚悟がひしひしと伝わってきます。あれほどまでに魂で引っ張れるセッターって、藤井さんしかいないのかなって。だから僕はそこに憧れていますし、どんどん近づけるようになりたいと思うんです」
この日のバレーボール教室で、東レ静岡の面々は藤井さんの夢を受け継ぎ、その実現に携わった。恩返しをしたい。その願いを今度はSVリーグの舞台で、プレーそして試合で体現する。阿部監督をはじめ、教室に参加した李や小野寺、マネジャーの真子康佑、キャプテンの重藤トビアス赳は口をそろえた。SVリーグで初代王者になる、と。
「藤井さんは石巻市へバレーボールを通して恩返しがしたいと願っていました。その思いに倣って、僕たち東レアローズ静岡はSVリーグ初年度に優勝することで恩返しができるように頑張ります」(重藤キャプテン)
熱い闘志をぶつける東レ静岡の姿が、今シーズンも見られるに違いない。そのそばには、ともに戦う藤井直伸がいる。これからも、ずっと。