[写真]=須田康暉

 2021年の現役引退後、所属したクインシーズ刈谷で強化に携わりながら、早稲田大学大学院にも進学し、JOC理事も務めるなど幅広い分野で活躍している荒木絵里香さん。後編では、現役生活の経験がどのように活かされているか。アスリートならではの強さと、これからの世代に向け、新たに準備を進める活動について語ってもらった。

――2021年に現役を引退、22年には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科へ進学しました。改めて、どのようなきっかけで大学院へ行こうと考えたのでしょうか?

荒木 もともと高校を卒業する時点で大学に行きたかったんです。でもバレーボール選手として早くトップに行きたいという思いもあったので、高校を卒業してすぐ東レに入りました。その選択をした時も両親から「大学はいつでも行けるよ」と言ってもらったので、バレーをやりきったら大学へ行こうと考えていました。現役中にも(元日本代表の)吉原知子さんや多治見麻子さんが大学院で勉強しているのを見ていたので、ロールモデルもありました。バレーボール選手としての経験はたくさん積ませてもらったからこそ、違う角度からの学び、知識に飢えていたので、(大学院へ)行く、行きたいというのは若い頃から考えていました。

――とはいえ大学院では「とにかく大変だった」と。アスリートの集中力なら勉強もできるのではないか、と思いますが、何がそれほど大変だった?

荒木 勉強すること、研究することに関しては素人なので、毎日がキャパオーバー(笑)。パワーポイントのスライドをつくる、と言われても私にとっては初めてのことだし、WordやExcelもよくわからない。発表するためのスライドをつくる準備段階でとにかく時間がかかる。何しろ今までは、iPadでバレーの映像やデータを見るだけだったので。そもそも当たり前とされている基礎中の基礎の知識が私にはなかったので、そこですよね。バレーボールで言うならばサーブが入らないのに試合へ出ている感じ。毎日脳内沸騰の日々で(笑)、フルセットのゲームを3日連続でやりました、という状態。疲れ果てていましたが毎日が刺激だらけでした。

[写真]=須田康暉

――同じアスリートで刺激を受けた人、影響を受けた人はいましたか?

荒木 JOCのアスリート委員でも一緒に活動している競泳の松田丈志さんや、フェンシングの太田雄貴さんは行動力もすごいし、発想力、発言する力もある。同世代のアスリートとして尊敬しています。上の世代でいうと小谷実可子さん。意見を伝えることを含めすばらしい行動力で、自分の立場で何ができるかということを常に考えていらっしゃるので、自分もこんな風になりたい、と思いますね。大学院でもJOCの理事会でも、アスリートとして経験してきたことを踏まえた意見が求められる中で、今までの経験や考えをどう伝えるのか。どういう形で還元して形にしていくのか。常に考えさせられていますし、うまくできない、と悩んで、落ち込む日々です。でも競技をやっている時も「自分にはこれが足りない」と葛藤しながら進んできたのは同じなので、その作業自体が好きなのかもしれませんね。

――アスリートとしての経験を今のキャリアで活かせる、活かされていると感じるのはどんなところですか?

荒木 競技生活の中では失敗だらけで、トライ&エラーを繰り返すのが基本だったので、そこは当たり前のこととして身についています。特にバレーボールはミスをした後にどうするか。考えて、改善しようとする競技なので、その経験は大きいですね。プラスして、コミュニケーションの面でも、いろんな年代の選手、スタッフと関わってきたし、キャプテンというのは中間管理職のような役割だったので、その経験を通して育まれたコミュニケーション力も役に立っていると思います。

――女子アスリートのセカンドキャリアを考える時、これまでは結婚して主婦になる、メディアに出る立場になる、と限られて見えました。荒木さんのようなキャリアを、と願う女性アスリートも多くいるのではないでしょうか。

荒木 選択肢がたくさんあるということをそもそもほとんどの女性アスリートが知らないと思うんです。結婚したら辞めよう、出産したら競技はおしまい、と思っているのかもしれない。だからこそ、私が何を伝えられるかといえば、選択肢はたくさんあるんだよ、ということ。出産しても続けたければ続けられるし、大学も行きたいと思えばいつからでも行ける。そういう選択肢が誰の前にもあるし、自分次第だと伝えていきたいし、アスリートがより豊かな生き方、人生を送れるようにしていきたい。みんなが活躍できる社会があるといいな、と思いますね。

[写真]=須田康暉

――今後はこんなことをしたいという展望はありますか?

荒木 スポーツが好きでバレーボールが好きという軸は変わらず、そこにプラスしていろいろな仕事、発信をしていきたいです。多くの女性が悩むように、私も仕事と育児のバランスは現役の時と変わらず今も悩んで、何とか回しながら生きている状況です。とはいえ娘もあっという間に巣立ってしまうので、母親としても悔いなくやりきりたい。仕事の面では、女性アスリートが選択肢を持って競技に取り組んで、その後も豊かに生きられる道筋を築いていきたい。バレーボール界、スポーツ界がよりよくなるような仕事や役割を担わせていただいているので、いい発信をしていきたいです。なんかお堅くなってしまってすみません(笑)。

――いえいえ(笑)。では最後に、セカンドキャリアに悩む女性アスリートにアドバイスをお願いします。

荒木 今の目標はあるけれど、じゃあこの先、もっと先を描こうというとなかなか難しい。ママアスリートネットワークでは、女性アスリートに学びの機会の提供をすることと並行して、人生設計シートに記入してもらう活動に向けた準備をしています。アスリートとしての目標に加えて、結婚したい、出産したい、こんな仕事に就きたいというライフイベント、自分の未来をイメージして書いてもらう。結婚、出産はプラン通りに行かないことかもしれませんが、将来出産したいと考えるのであれば「じゃあ今生理が来ていないと問題だよね」というアドバイスはできるし、今が将来にも全部つながっていると考える機会、イメージすることにもつながる。そこからこんな選択肢があるんだよ、というのを私の事例だけでなく、日本、海外、いろいろな人を見て知ってほしいし、そのための機会を提供していけるように。私も引き続き頑張っていきたいです。

【荒木絵里香プロフィール】
クインシーズ刈谷 チームコーディネーター
1984年生まれ、岡山県出身。北京、ロンドン、リオデジャネイロ、東京と四度オリンピックに出場。2009〜2012年には全日本のキャプテンを務め、ロンドン大会では銅メダルも獲得。結婚・出産を経験しつつも長きに渡り活躍し、2021年に現役を引退。その後は大学院に進学するなど、現在はJOCアスリート委員や理事を務めるなど、2024年6月にはママアスリートネットワークの代表にも就任した。

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この記事を書いたのは

田中夕子

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