12月7日に閉幕した全日本インカレ。男子は早稲田大学が2年ぶり11回目の優勝を果たした。6試合を戦い、失セット0の完全優勝だった。
大きく引き離されピンチに陥った場面もあったが、それでもセットを落とさず勝ち続けられたのは、スーパーサブとして輝いたアウトサイドヒッター・德留巧大(2年)の存在があったからだ。
特に準決勝・近畿大学戦の第1セットは、サービスエースを奪われたりミスが出て、7点のビハインドを背負う重苦しい展開となった。しかし10-17の場面で佐藤遥斗(3年)に代わって入った德留がサーブレシーブを安定させ、ブロックも決めて追い上げ開始。なんと8連続得点で18-17と一気に逆転した。その後も隙のないサーブレシーブで相手に流れを渡さずセットを奪うと、第2セットは立て続けにパイプ攻撃を決めたり、難しいトスも巧みに得点に繋げていく。早稲田大は大差で第2セットを取ると、第3セットも制し、ストレートで決勝に駒を進めた。
途中からコートに入る時は「まずみんなの顔を見ますね」と德留は言う。
「1人ずつハイタッチをしに行って、その時に顔を確認します。朝会った時と比べてどうかなって。今日入った時は7点差で、『負けゲームだろ』みたいな顔になっていたので、『元気出していこうぜ!』というふうに一声かけて。誰か元気な人がいれば変わるし、それが自分の役割だと思うので」
まだ2年生だがまるでベテラン選手のように、いぶし銀のプレーでチームの窮地を救い続けた。サーブレシーブとディグが武器だが、得点を取ることにも貪欲だ。インナーに鋭いスパイクを決めたかと思えば、ブロックを利用して嫌らしく決めるなど、多彩な技で得点に繋げる。
「相手に『德留が出てきた、嫌だな』と思われる選手を目標にしていますし、点数が欲しい時に決められる選手を目指しています」
点を取り続けなければいけない理由があった。
高校時代は松本国際高校のエースとして活躍したが、大学に入ってからは家族や周囲の人に「リベロやってみたら?」と勧められたり、「身長が高い(190cm)から(日本には長身のリベロは少ないから)リベロで代表を狙えるんじゃないか」と言われることがある。マイナスな意味ではなく、それだけ守備力が認められているということだとわかっているが、德留はすんなりとは受け入れられなかった。
「やっぱり点数を取りたいし、自分がスパイクを打ってチームを勝たせたいという気持ちが大きいので、そこは諦めきれないんです。スパイクがイマイチだから、レシーブで行けばいいんじゃないの、と言われていると思うので、それを見返してやろうと思って毎日練習してきました。『德留がスパイカーじゃないのはもったいないだろ』って思われるぐらい見せつけられたらと思って」
そんな思いを胸に、準決勝では得点も重ねた。
国士舘大学との決勝でも、第1セットに6-11と出遅れると、松井泰二監督は德留をコートに投入。すると流れが変わり、またも逆転。決勝もセットを落とすことなく勝利し、2年ぶりの優勝を果たした。
最優秀選手賞に輝いた主将でセッターの前田凌吾(4年)は、「去年はスタメンで入っていたけど今年は外されて、悔しい思いをしていたと思うんですけど、変わらずトレーニングや練習をしっかりしていた。今日(決勝)はスパイクはあまりハマっていなかったらしいですけど、1本いいところでファーサイド(へのトス)を決めてくれた。頼もしいし、面白い後輩だなと思います」と笑った。
德留自身、前田たち4年生に受けた影響は大きいという。
「自分から見た4年生は、『バレー大好き!』という学年です。バレーに対してどこまでも追及する、その探究心がすごい。“異常を極める”というスローガンを掲げるくらいですから。最初にそのスローガンが出てきた時はすごくインパクトがあって、『この人たち、バレーに全力だ』と感じた。バレーのために人生を、命をかけられる人たち。だから4年生にはいい思いをして欲しかったし、4年生のためにも頑張ろうというふうに思えました」
そのための役割を果たし、德留は安堵の表情で言った。
そしてもちろんこれからも、スパイカーとして高みを目指し続ける。




