「楽しいです」
天皇杯初戦の福山平成大学戦を終えると、そう笑って白い歯をのぞかせた。
今シーズン、新たなユニフォームで躍動する藤中謙也の姿がある。
内定選手時代を含め10シーズン所属したサントリーサンバーズ大阪から、今季、ジェイテクトSTINGS愛知に移籍し、コート内の潤滑油となって好調なチームを支えている。
昨季は苦しいシーズンだった。
藤中は専修大学卒業後、サントリーに入団すると、安定したサーブレシーブと守備を武器にすぐにレギュラーを勝ち取った。以降、ずっと試合に出続けて3度のVリーグ優勝を支え、“ミスターサンバーズ”と言っていい存在だった。昨季は二度目のキャプテンも任された。

しかしSVリーグ初年度の昨季は、リーグを通してわずか7セットの出場に終わった。
昨季サントリーはイタリア・セリエAで活躍していた髙橋藍と、ポーランド代表のアレクサンデル・シリフカという世界的なアウトサイドヒッターを獲得した。過酷な競争になることは開幕前からわかっていたが、そこまでチャンスが減るとは想像していなかった。
シーズン終盤の復帰を見越して、今年1月、長年痛みを抱えていた右足首のクリーニング手術に踏み切り、予定通り3月後半に復帰を果たしたが、チャンピオンシップでは一度も出番が訪れなかった。
それまでコートに立ち続けてきた選手にとって、どれほど悔しく、苦しかったことか。それでもシーズン中は、「もちろん試合に出るつもりでサンバーズに残ったんですけど、結果的にこういう状況になっている。でもこの1年で現役が終わるわけではないので、長い目で見て、自分が成長できたらなと思いながらやっています。キャプテンという立場もあるので、自分の中で、抑えながらというか、切り替えながら。まずはチームが勝つことが一番で、自分が出る出ないは別の話なので、勝つためにできることを探していきます」と語り、悔しさを表に出すことはなかった。サントリーはSVリーグ初代王者に輝き、キャプテンの藤中は選手たちの真ん中で、真新しいチャンピオントロフィーを掲げた。
想いがあふれたのは、すべてが終わった後だった。
STINGS愛知への移籍が発表された後に行われたアジアチャンピオンズリーグの最終日・3位決定戦に勝利した後のコートで、ドミトリー・ムセルスキーに抱き締められ、言葉をかけられると、涙があふれた。

ミックスゾーンでそのシーンについて尋ねると、声を詰まらせながら言った。
「ディマ(ムセルスキー)とは一番長くやってきて、いい思い出もあるし、勝てなかった時期も一緒に過ごし、苦楽を共にした本当に信頼できる選手。試合後は『次のシーズンもあるから、お互い頑張ろう』という言葉をかけられました。シーズン中も、よく声をかけてくれていたので……」
そう話すと、涙が止まらなくなった。ユニフォームで何度も涙を拭い、息を整えてからこう続けた。
「今シーズン本当に、悔しい、苦しい時期も多かったんですけど、そんな中で気にかけてくれて、声をかけてくれた。本当に支えてもらい、彼から学ばせてもらうことが多くありました。
今シーズン、個人的には自分の力不足も痛感しました。来シーズンに生かさないと、この1年が無駄になってしまうので、僕自身も成長し続けられるように、新しいステージでも頑張っていきたいと思います。来シーズン(サントリーと)対戦することになれば、もちろん敵としてなので、自分の成長を見せつけるというか、本当に全力で倒しに行く気持ちで、そういう姿勢を見せられたらなと思います」
今季は、昨季溜め込んだ悔しさをコート上で静かに爆発させている。心は熱く、しかしプレーは相変わらず冷静だ。淡々とサーブレシーブを返し続け、嫌らしくブロックアウトを奪ってニヤリと笑う。コート内がスムーズに回るため、対角を組むトリー・デファルコや新加入のオポジット、ステファン・ボワイエがストレスなく得点源として力を発揮できている。
移籍したからといってポジションが約束されていたわけではない。STINGS愛知にも、アメリカ代表としてパリ五輪で銅メダルを獲得したデファルコや、リオデジャネイロ五輪金メダルのブラジル代表リカルド・ルカレッリなど実力者が揃うが、藤中は今季、開幕戦からSVリーグの全14試合で先発出場を果たしている。
真保綱一郎監督はこう話す。
「本当にチームを引き締める存在で、ディフェンス、サーブレシーブでの貢献度が非常に高いし、記録には表れない部分での貢献もすごく大きい。攻撃面で点数を取る場面も増えてきましたし、非常に大きな存在になってくれています」
藤中は充実した表情で言う。
「10シーズン目で初めての移籍なんですけど、すごくいい経験をさせてもらっています。また新しいチームで、自分の価値を高めるというか。自分としては、今の段階ではいい決断ができたのかなと思っています。もちろんまだまだ個人としてもチームとしても求める部分はありますけど、昨シーズンのこともあって今シーズンは出場機会を求めて移籍したので、まずはバレーボールができている喜びを感じながらシーズンを過ごしています。
昨シーズンまでは、ムセルスキー選手や大宅(真樹)選手がいる中で、コンビネーションの面などでサントリーの色みたいなものが長く自分の中に染み付いていた。それを新しいチームで気持ちの部分から変えていくというのは簡単なことじゃないんですけど、新しい選手たちと一緒に、チームをまた作り上げていくという感覚を持ってできているので、そこが一つの楽しみというか、やりがいになっています」
試練の1年を経たからこそ、コートに立つ藤中の表情は以前よりも輝いている。




