「本日は皆さんにお伝えしたいことがあります」
1月4日に行われた東京グレートベアーズ戦後のコートで、ドミトリー・ムセルスキー(サントリーサンバーズ大阪)がマイクを握ってそう語り出すと、ただならぬ空気を察した観客はざわついた。
「今シーズンをもって、私は現役を引退する決断をしました」
そう告げると、スタンドから悲鳴があがった。
ムセルスキーはロシア代表で長く活躍し、2012年のロンドン五輪では金メダルを獲得。18-19シーズンにサントリーに加入し、今季8シーズン目を迎えた。昨季までSVリーグ(23-24シーズンまではVリーグ)で5年連続ファイナル進出、そのうち4度優勝というサントリーの輝かしい時代を築いた立役者が、今シーズン限りでユニフォームを脱ぐことを決断した。
その後の記者会見では、引退の理由についてこう明かした。
「引退の理由はたくさんありますが、家族のことが一番大きな理由です。子供には母国で育って欲しいという願いが強くありますし、子供の友達や親戚も皆ロシアにいるので、その中で育って欲しい。8年間に渡る日本でのプレーにピリオドを打つのは、今が正しいタイミングなんじゃないかと判断しました」
37歳という年齢も引退を決める判断材料の一つではあったが、今季のプレーを見ていてもまだまだできるという印象があり、ムセルスキー自身も「まだプレーできると思っている」と言う。それならばロシア国内のクラブでプレーする選択肢もあるが、その道は選ばなかった。
「ロシアに戻ってプレーするとしても、日本で築き上げてきた、サントリーのようなホーム感は感じることができないと思ったので、こういう決断をしました。サントリーに対してはすごく感謝しています。長い間私をチームに置いてくれてありがとうという気持ちがまずあります。スタッフにも、チームメイトにも、すべての方に感謝を伝えたい。チームが全力でサポートしてくれたので、何も悔いはありません。日々の練習でもすごくいい時間を過ごせたし、タイトルも獲れたので、いい記憶しか残っていません。一番大事なことは、僕が引退したあとも、このままずっと勝ち続けて欲しいということです」

ムセルスキーは“ホーム感”という言葉を繰り返した。栗原圭介ゼネラルマネージャーはこう話す。
「(ロシアでプレーを)続けて欲しいという気持ちも半分ありながら、うちでユニフォームを脱ぐという決断をしてくれたことは、素直に嬉しく思います」
サントリーとしてはもちろん契約を更新するつもりだったが、「直接話した中で意志の強さを感じたので、本人の気持ちを尊重しました」と栗原GMは言う。
プレーでも精神面でも、まさにサントリーの大黒柱だ。身長218cmという飛び抜けた高さを活かしたスパイクやブロック、サーブが武器であることは間違いないが、キャプテン・髙橋藍の「デカいだけじゃないのがディマ(ムセルスキーの愛称)のすごさ」という言葉がすべてを物語る。
器用でボールコントロールにも長け、クレバーで相手との駆け引きや判断力に優れている。闘志を前面に出して鼓舞するタイプではないが、常に落ち着き払い、周囲の選手をよく見て適切な声をかける。そして勝負所や苦しい場面で必ず決める。ムセルスキーが周りに与える安心感は絶大だ。
逆に相手にとっては大きな脅威だった。この日、引退発表を知った東京GBの監督、選手も驚きを隠せなかった。1月3、4日の2連戦でも東京GBはムセルスキーやイゴール・クリュカとのマッチアップを念頭に目まぐるしく選手交代を行うなど、あらゆる策を講じていた。
東京GBのカスパー・ヴオリネン監督は驚きながら、率直な思いを口にした。
「彼のことは非常にリスペクトしています。彼はこの8年間、世界の中でベストオポジットだと思います。それは私がしてきた研究の中で数字で証明されています。ディマ、(バルトシュ・)クレク(東京GB)、彼らは日本のリーグで得点を量産してきた選手ですが、特にディマが、イタリアなどの強力なオポジットと違うのは、ハイボールのシチュエーションでのスパイク効果率が、コンビでの効果率と同じぐらいだということ。普通はハイボール時は効果率が下がるものですが、彼はそうならない。そこが彼のすごさ。メンタルも強靭で、難しい場面でも安定したプレーをする。それがサントリーがここまでの結果を残してきた理由の一つだと思います」
そして、20-21シーズンにムセルスキーと共にサントリーの14年ぶりのリーグ優勝、翌年の連覇を成し遂げ、現在は東京GBに所属する柳田将洋は、ムセルスキーへの思いをこう語った。
「一緒にやれたことは非常に嬉しかったし、かけがえのない時間でした。彼がいなかったら、バレー界も盛り上がらなかったと思うし、僕のキャリアもここまではなかったと思うので。彼が常にオポジットとして寛大な気持ちでバレーボールに取り組んでいる姿や、自分に向き合ってバレーをする姿を見ていたので、やっぱり自分にフォーカスするというか、自分にベクトルを向けないと成長しないんだなと、すごく学ぶことが多かったです」

そしてもちろん現チームメイトも、日々ムセルスキーに影響を受けている。サントリーに加入2年目の髙橋藍はこう話す。
「世界を見てもナンバーワンだろうな、というのはすごく感じるし、リスペクトしています。メンタル的な部分も、得点の取り方もスキルもナンバーワン。(五輪で)メダルを獲る選手ってああいう選手なんだなと、一緒にプレーしていて感じるし、学ばせてもらっています。引退するのは悲しい部分もありますけど、ディマとプレーして得られたものはかなり大きいので、それを自分のプレーに繋げていくことが大事。ディマには本当に感謝していますし、昨季優勝したのも、やっぱりディマの力があってこそというのは誰もが思っていると思うので、本当に言葉で表せないほどすごい選手だなと改めて思います」
髙橋藍が「ディマとプレーして得られたもの」は数えきれないが、その一端である「20点以降の勝負強さ」が、この日の試合に表れた。2セットを先取して迎えた第3セット、22-23とビハインドの場面で、髙橋藍は渾身のサーブで相手レシーバーを弾き飛ばしてエースを奪い23-23に。その後も強力なサーブを打ち続けて相手のミスを誘い、3連続ブレイクで一気に試合を締めくくった。
「ああいったシチュエーションでサーブに行く時は、ディマなら確実に攻める。“ここ1本”というところで、スコアとか相手と勝負するというより、自分と勝負するのがディマだし、大事な場面で彼はあまりミスをしない。だから僕自身も、自分と勝負して、ああいう緊迫した、ミスができない、でもポイントに繋げたい場面で、自分を超えていく。それがディマのすごさで、自分が一緒にプレーして学んできたことなので、今日の最後にも出たのかなと思います」
そんなムセルスキーに最高の花道を、という思いは、当然チーム内で強くなっている。ムセルスキーと一番長く共にプレーしてきたリベロの喜入祥充は言う。
「寂しいというのが一番です。あれほどの選手はもういないだろうなと自分は思っています。彼はプレーはもちろん、人間性が素晴らしい。包容力があって、かけるべき時に、かけるべき人に、的確な言葉を伝えてあげる。誰もが『ディマのために』と思うような人柄です。あれほどの選手が、日本で、サントリーでバレーボールを終えるということなので、自分たちとしては有終の美を飾らせてあげて、最高の形で送り出してあげたい。その気持ちはみんな持っていると思います」
それはもちろんムセルスキー自身も。現役最後にやり遂げたいことは明確だ。
「SVリーグのチャンピオンシップで勝つことと、アジアチャンピオンズリーグで勝つことです」
現在17連勝でSVリーグ首位を走るサントリー。連覇に向かう原動力がまた一つ加わった。




