身長205cmの大型アウトサイドヒッターが、この冬、世界を知った。専修大学1年(4月から2年)のマサジェディ翔蓮は、2025-26シーズン、日本代表の大塚達宣も所属するイタリア・セリエAのミラノにシーズン途中から加入し、試合出場も果たした。
父は元イラン代表選手で、2014〜16年に日本代表のコーチも務めたアーマツ・マサジェディ氏。翔蓮も昨年はU19日本代表のキャプテンを務めるなど順調にキャリアを重ねてきたが、まだシニアの日本代表やSVリーグでの経験のない選手が、セリエAにデビューするのは異例のこと。チャンスを掴み飛び込んだ世界最高峰の舞台で、19歳は何を感じたのか。ミラノでインタビューした。
――昨年12月に行われた全日本インカレでは、専修大のベスト4入りに貢献する活躍でしたが、それから1カ月足らずでイタリア・セリエAのミラノに。
マサジェディ 正直、自分が一番驚いています(笑)。もともと大学に入学する前から、海外(リーグ)に行きたいという話は、吉岡(達仁)監督ともしていました。ただ最初は、春休みの期間中に(中央大学の海外派遣プロジェクトでセリエAのヴェローナに派遣されている)坂本アンディ(世凪)選手のように、練習生として行くという話が挙がっていて、2チームほど候補があったんですけど、そんな時に急にミラノから話が来ました。
ミラノは選手に怪我が相次いだことで、満足な練習ができなくなっていて、ミドルブロッカーの選手がアウトサイドやオポジットに入ったりしている状態だから、早く来てほしいという話をいただきました。しかも試合にも出られる契約選手という条件で。自分の中ではそれが一番大きくて、ミラノを選ばせていただきました。今後、そんなオファーはもう来ない可能性がありましたから。「これは何がなんでも行くべきなんじゃないか」と父とも話して、決めました。全日本インカレが終わった後に急に話が進んで、イタリアに来たのがクリスマスのちょっと前ぐらいでしたね。

――吉岡監督によると「(1月の)授業が終わってから行ってもいいんじゃないか?と言ったんですが、チャンスだから早く行きたいと、行ってしまった(苦笑)」と。
マサジェディ その通りです。やっぱりこのチャンスは逃したくなかった。自分は、バレーボールで仕事していこうと思っているので、そのために実際に自分の目で見て、体感することは本当に大事なことだと、ずっと思っていたので。
――ミラノに来て感じていることは。
マサジェディ 当たり前ですけど、こちらの人は、バレーボールを仕事としてやっている。大学では、まだ仕事までは行かなくて、将来を見据えたトレーニングだったり、ボールの触り方をするんですけど、こっちはみんな仕事。筋トレ一つ、ボールを触ること一つをとっても、意識が違う。自分のプレーが上手くなればなるほど、もらえるお金も上がってきますから。食べ物だって、自分の体を考えて食べないといけない。そういうところが一番大きな衝撃でしたし、考えさせられる部分でした。
――どんな選手のどんな姿を見て感じたのですか。
マサジェディ 大塚(達宣)さんはもちろんなんですけど、こっちの人は基本的に全員、矢印が自分に向いているんです。大学の練習では、ちょっと他人のせいにしてしまう場合ってあるんですけど、そういうことがない。例えば、自分がミラノに来たばかりですぐ、練習でBチームに入らせてもらった時に、Aチームのオポジットの選手のスパイクが、僕のブロックのストレート側を抜けたんです。それを僕の後ろに入っていたリベロの選手が上げられなくて、「くっそー!」みたいな言葉を発していて。
あれは僕のブロックに対して言ったのか、彼自身に対して言ったのかが、最初わからなかったんです。僕がストレート側を閉めれば止められたかもしれないので、それに対して怒っているのかもしれないって、最初の頃は頭がこんがらがっていました。僕はまだコミュニケーションがまともに取れない状態だったので、「どっちなの?」とずっとモヤモヤしていました。
それから、同じようなシチュエーションを繰り返すうちに、彼は自分自身のプレーに対して悔しがっていたんだと気づきました。それがわかってくると、「なんで試合でもないのに、こんなに自分を鼓舞しているんだろう?」と疑問がわいて、「そうか、これはお金をもらってやっている仕事なんだ」と考えるようになりました。
――最初は遠慮も緊張もあったでしょうね。
マサジェディ そうなんです。ずっとテレビ越しに見ていた世界なので。自分は勝手に、まずは(日本代表の)A代表に入って、そのあと、石川(祐希)選手や大塚さん、髙橋藍選手、西田(有志)選手のように海外へ、というイメージを持っていたので、いきなりイタリアに選手として行くことになって、「自分が行っていいのか?」という思いが最初ありました。
――しかも1月18日のトレンティーノ戦では先発出場を果たしました。アウトサイドヒッターは大塚選手が腹筋を痛めていて、フランチェスコ・レチネ選手もコンディションに問題があり、急遽出場機会が巡ってきたそうですね。
マサジェディ そうです。それで自分がたまたま出させていただいて。

――先発で行くというのはいつ聞いたのですか?
マサジェディ 当日です。いつもスタメンは当日に決まるんです。ただ、その週はレチネ選手があまり本格的に練習に参加していなかったので、なんとなく、「え?もしかしたら自分出るんじゃないか?」と感じていて。前日練習の時に大塚さんに、「明日出るかもしれないから、準備はしとけ」と言われて、そこで「あ、俺出るんだ」と確信したというか……。
――どんな心境でしたか。
マサジェディ 最初は「え?俺が出るの?俺を出していいのか?」というのが強かったですね。レベルもまだ全然足りないですし、来たばかりでしたし。イタリア語もまだわからず、チーム内のシステムがいろいろ細かくあるんですけど、それも全部覚えきれているわけじゃないのに、出てもいいのかという不安はありました。
――しかも相手は強豪トレンティーノ。試合前日は眠れましたか?
マサジェディ あ、寝れましたね。大塚さんが、「お前は来たばっかりだし、新人みたいなもんだから、とりあえず思いっきりやれ。俺が全部(イタリア語を)訳すし、何かあったら俺のほう見ろ」というふうに後押ししてくれたので、すごく心強かったです。緊張というより、アドレナリンが出ていたのか、やってやるぞ感が1セット目は強かったですね。
インタビュー後編では、トレンティーノ戦に出場して衝撃を受けたことや、オリンピックへの思いなどを語ってくれた。




