[写真]=米虫紀子

 3位決定戦に敗れスタンドへの挨拶を終えると、専修大学のキャプテン・甲斐優斗は1人、チームメイトの列を離れた。普段は笑顔がトレードマークの甲斐の表情が、みるみるうちにゆがんでいく。泣き顔を見せまいと、ユニフォームで顔を覆いながら足早にコートを去ろうとするが、間に合わなかった。コートの端でうずくまり、泣き崩れた。

 甲斐がこれほど感情をあらわにする姿を初めて目にした。

「勝ちたかったので、悔しかった……」

 そう振り返ったが、おそらくそれだけではなかっただろう。

 甲斐は大学2年で日本代表にデビューすると、昨年はパリ五輪に出場。昨季途中から大阪ブルテオンの一員としてSVリーグでも戦っている。日本代表でもブルテオンでも基本的には最年少。身長200cmの体格やプレーは規格外で、並外れた強心臓の持ち主でもあるが、普段は人見知りで、自分から前に出るより、ニコニコしながら先輩たちについていく“後輩”のイメージが強かった。

 だが、今年の全日本インカレの6日間は、“先輩”として、“兄貴分”としての甲斐の大きさを見せつけられた。

 大会初戦の2日前までブルテオンで試合に出場した後、大学に戻るという強行スケジュール。それでも今大会に出場した理由をこう語っていた。

「この4年間はあまり大学に帯同できなかったから、最後はしっかり試合に出て終わるほうが、自分も気持ちいいですし、周りの選手も嬉しく思ってくれるので。自分はこの大会に懸けているので、最後しっかり勝ち切りたい」

 2年生セッター森田慶とはじっくりコンビを合わせる時間がなかったが、「ブロックの上にトスを高く上げてくれれば、自分がどうにかするから」と伝え、ハイボールを上から叩き込み続けた。サーブレシーブで徹底的に狙われても動じず、ブロックでは壁になり、サーブでは、ここぞという場面でエースを奪い勝負強さを存分に発揮した。

 昨年の大会もそうしてチームを初優勝に導いたが、今年はプレーだけでなく、コミュニケーション力の高さが目を引いた。相手にリードされても、味方がミスをしても、余裕の笑顔で周りに声をかけ、セット間やタイム中は円陣の中で指示を出し続けた。

 今大会、専修大はハードなゾーンに入り、関東1部の強豪と次々に戦わなければならなかった。一つ目の山場となった2回戦で中央大学に3-1で勝利したが、3回戦は高橋慶帆を擁する法政大学とフルセットの激闘。準々決勝も順天堂大学に2セットを先取されてから、3セットを奪い返す大逆転勝利。2年連続の準決勝進出を果たしたが、疲労は限界に達していた。

 準決勝・国士舘大学戦はさすがに疲れを隠せなかった。それでも託されたトスを打ち続け、3日連続で試合をフルセットに持ち込む。第5セットも粘ってデュースとなるが、最後は、新居良太(3年)のクイックが相手ブロックに止められ、14-16でゲームセット。2連覇の夢は絶たれた。

 試合後、甲斐は、責任を感じて泣きじゃくる新居の隣に座って肩を抱き、泣き止むまでずっと話しかけ続けた。

「最後は、一番いい選択をした結果。それを相手が上回ってきた結果なので、満足でした。新居には、『チーム全員が託したんだから』と言いましたし、あそこで振り抜いたのはすごくいい、攻めた結果なので、気にすることはない。5セット戦う中で、あのクイックで切っていた場面はすごく多かったから、相手も警戒していましたし、自分たちも頼っていたので、彼一人が思い詰める必要はない。だから気にしないで欲しいなと思って、話しかけていました」

 翌日の3位決定戦でも、思い切りよく腕を振り抜いた新居は、こう言った。

「昨日は、自分が終わらせてしまったという責任とか、4年生と決勝に行きたかったという思いが、終わった瞬間に一気に込み上げてきました。でも優斗さんが、『お前が強いから、最後ああやって相手にマークされて、コミットを跳ばれたんだから、誇っていい』、『最後打ち切ったお前はエラい』ってずっと励ましの言葉をかけてくれた。それで、『明日は絶対に全員で勝って終わるぞ』という気持ちになれました」

 3位決定戦は近畿大学に敗れたが、6日間、チームを包み、引っ張り、鼓舞し続けたキャプテン甲斐の姿に、専修大の吉岡達仁監督は、「あれがあの子の姿なんです」と頷いた。

「バレーが大好きで、本当に一生懸命、苦しくても苦しくても、ずっと笑顔でやってくれた。むしろ代表やブルテオンでは、まだ遠慮してるのかなという感じがするんですけど。ああいう(全日本インカレでの)姿が国際舞台でも出てくると、もっといい選手になると思う。(日本代表の)第一エースと言われるぐらい、頑張ってもらいたいですね」

 6日間戦い抜いた甲斐に、大学バレーはやり切ったかと聞くと、「ハイ。やり切りましたね」と即答した。

「フルセット、フルセットで勝ち上がって、(準決勝は)フルセットで落として、最後もやられましたけど、本当に全試合、その時の全力をぶつけてきたので、悔いはないです。最後は、体がついてきてないなと思いながら打ち込んでいましたけど、やり切ったので。負けたことは悔しいですけど、そこに対しての悔いはないです」

 ただ、後輩への思いを尋ねると、胸につかえていたものがあふれた。

「(関東大学リーグ)2部降格という、最悪な置き土産をしてしまったので、そこは申し訳ないなと思っています。今回の全日本インカレでいろんな経験ができたと思うので、また一からチーム作りを頑張って欲しいと思います」

 今年はほぼ甲斐が不在で、その対角を組んでいた堀内大志(4年)も怪我で離脱するなど苦しいチーム状況の中、秋季リーグは最下位に終わった。入替戦には甲斐が出場したが、降格を阻止することができず、責任を感じていた。それだけに、全日本インカレ“連覇”を置き土産にしたいと意気込んだが、かなわなかった。

 だが、甲斐が後輩たちに残したものはとてつもなく大きい。

 例えば、今大会でオポジットを務めた身長205cmの1年生・マサジェディ翔蓮は、短い期間ながら甲斐と共にプレーしたことで大きく成長した。

「コート内のアドバイスや声掛けが全部的確ですごく助けられていますし、優斗さんがいると緊張せずにプレーできます。優斗さんは自分と同じぐらいの身長ですけど、サーブレシーブをしっかり返すし、器用なので、プレーも声掛けも盗もうとしています。特にスパイクのスイングスピードが速くて、しなやかなのですごい。自分はちょっとスイングが遅くなってしまうので、そこはどうしても勝てない部分の一つです」

[写真]=米虫紀子

 本来はアウトサイドヒッターのマサジェディは、日本代表の甲斐に対しても、憧れるのではなく、勝ちたいと思いながら見ているのが頼もしい。

 2回戦の中央大戦では、第3セット終盤から甲斐が足をつり始める中、マサジェディがトスを呼んだ。

 セッターの森田は、「試合中にジェディが『自分に集めてください』と言ってくれた。今までそんな言葉はなかなかなかったんですけど、とても頼りがいのある選手になってきました」と語っていた。

 甲斐も「ジェディが頑張ってくれたので、今日は彼に任せっきりでした」と笑った。

 大会を終えた時、マサジェディには明確な目標が見えていた。

「これからも優斗さんのいいところをどんどん盗んで、今度は日本代表の、日の丸を背負った舞台で一緒に戦えたらなと思っています」

 メダルには届かなかったが、甲斐優斗がチームのために全身全霊で戦い続ける姿は、チームメイトにも、観客にも、深く刻み込まれた。