クラブ創立10年で天皇杯決勝へ。
この“10年”を長いと見るか、短いと捉えるか。おそらく人によって解釈は異なるが、ヴォレアス北海道のスタートからチームの指揮を執るエド・クラインヘッドコーチが、準決勝を勝利し、決勝進出を決めた直後に「10年での決勝進出に関して、クラブとしてどんな意義があるか」と問われた後に発した言葉が、深く胸に刺さった。
「我々は近道せず、長期的な目線を持ってやっていこうとスタートして、ここまで継続してきました。謙虚に、日々練習へ取り組んできた。成長は1日で出るものではなく、長い時間がかかると見据えてやってきました。多くの人は短い期間でできることを過大評価して、長い期間でできることを過小評価しています。でも我々は9年という長い時間をかけて、いい形で前に進めているということを示すことができたのではないでしょうか」

2016年にプロクラブとして北海道、旭川に誕生し、翌年の17年からVリーグの準加盟チームとなり、その年の17/18シーズンにV3で優勝を果たし、V2リーグへ昇格した。ホームゲームの演出や強化、V2リーグの中では破格の予算をかけてリーグをけん引する存在となったが、2019/20シーズン、さらに20/21シーズンはV1リーグ昇格をかけたチャレンジマッチへの出場権を得たが、新型コロナウイルスの影響で中止。自チームだけでなく、同じ状況が生じれば他クラブにも同様の事態が起こることを危惧し、リーグ改革を訴えたが好意的に受け取るばかりでなく、またヴォレアスが、と叩かれたことも一度や二度ではなかった。
22/23シーズンにようやく昇格を果たしたが、昇格初年度は3勝33敗で9位、SVリーグとなった初年度の昨シーズンは8勝36敗で10位と順位を下位に沈む。リーグだけでなく天皇杯でもV2リーグ所属時に出場し、当時のV1チームを相手に勝利目前まで迫る戦いを見せたこともあれば、大学生に初戦で敗れたことや、北海道ブロックで負けて大会出場自体がかなわなかったこともある。結果だけを見れば「厳しい」と見る目のほうがおそらく多数ではあるが、むしろ結果はさほど大事な要素ではない、と言い続けてきたのがエドヘッドコーチだ。勝ち負けがあるのだから勝つための準備をするのは当然だが、大事なのはそれができたか、できなかったかという経過を評価する。そして、何より重きを置くのは「バレーボールを楽しむ」こと。クラブ史上最高成績を収めた天皇杯でも、選手たちは「エドに『この大会は楽しむことがテーマ』と言われて臨んだ」と笑顔で口を揃えた。“楽しむ”の定義を明かすのは地元旭川出身で、22年にヴィアティン三重から移籍加入したリベロの外崎航平だ。
「目の前の1点1点を楽しむ。もちろん遂行すべき戦術面はあって、(天皇杯の)勝った試合はサーブがよかったことも一因なんですけど、戦術よりもまずはどう点を獲るか。そのやり取りを楽しむ。準決勝になるといろんな雑念が入って、お客さんがたくさんいることや、勝ちたいと思いすぎて気負ってしまうこともあると思うんですけど、エドはそういう外的要素も取り払ってくれる。『ここが大舞台だ、と考えるのはやめて、過去でも未来でもなく今に集中しよう』と。だからたとえ2セットを取られたとしても終わればもう過去のことで、3セット目からの今をどう戦うかを考えればいい、とリセットできるんです。初めてV1に上がった時も、正直に言えば僕のバレー人生でこんなに負けたことがないというぐらい負け続けたんですけど、その時もエドが『勝つか負けるかじゃなく、勝つか学ぶか』だと言って、『負けた試合でも学ぶことができれば、自分たちの成長につながる』と。だからシーズンが終わった時に振り返るのも、結果がどうだったではなく、どれだけ成長できたか。短期的な喜びではなく、長期的に見るのがエドなので勝って喜ぶことがあってもそれも一瞬。また明日、目の前の準備をしよう、という人なので、僕らも同じマインドを持って自分の成長を求められることが楽しいです」

初戦から決勝まで、サーブを武器にバレーボールを楽しみながら勝ち上がる。決勝戦は北海道内で生中継され、ヴォレアス北海道の名を広く知らしめる機会になったが、実は意外な誤算もあった。明かすのは、エドヘッドコーチと共に長いビジョンでクラブを創設、運営する池田憲士郎・代表取締役社長だ。
「リーグの対戦やこれまでの対戦を踏まえて、正直に言えばサントリーに勝つのは我々も難しいと考えていたし、選手も完全に挑戦者の気持ちでぶつかった。ファンの方も、ヴォレアスが準決勝に行くことを見据えて最初からチケットを取ったという人はおそらくほとんどいないですよね。実はチームも準決勝、決勝の週はオフにする予定だったので、リフレッシュのために旅行の計画を立てていたけれど急遽キャンセルした選手もいたほどでした」
他のSVリーグのクラブとは異なり、大きな企業を母体とするわけではないプロクラブでもある。準優勝賞金もクラブにとっては大きな財源となるのでは、と思いきや「それでもむしろ赤字です」と池田社長は苦笑いを浮かべる。
「選手、スタッフ分の宿や飛行機を確保するだけでもひと苦労でしたし、たとえ優勝したとしても経費がようやくカバーできるけれど、選手にも分配することを考えればクラブにはほとんど残らない。SVリーグになって売り上げは3倍になり、クラブ単体としては黒字になりましたが、債務超過や金銭面の問題で昨シーズンはSⅤリーグの審査にもかかり、今も潤沢かと言えば決してそうではありません。でも、目先のことにとらわれてお金を稼ごう、クラブを運営しようというのは長期的な視野ではないし、我々が目指すものとも違う。だからこれからも、クラブとしてやり続けること、掲げることは変わらない。ワインのように熟成させていきたいですね」
これからも、長い時間をかけて。誇るべきクラブをつくりあげていく。




