決して大きいことは言わないし、かといって下手に出すぎることもない。謙虚に、つつましく。そんな林琴奈の姿が今年はどうも違った。
というのも、2023-24 Vリーグではファイナル直前に右足首を負傷し、満足にプレーできず。そのまま日本代表に合流することになった。まだ合宿が始まって間もない今年4月上旬、コンディションを聞くと「難しいですよ」と言って、少しばかり苦い顔を浮かべた。
「まだ全体練習には入れてないんです。走れたりはできているので、徐々によくなっている感じはするのですが。正直、苦しいです。これまで2年間やってきましたが、今年はオリンピックメンバーの選考もあるし、そこでなかなかプレーすることができない。それに、ここにいるみんな、すごいので」
「自分に対する自信がなくなっていく感覚はあるんですけど、まずは足を治すことに意識を向けて。ネガティブになることも多いですが、まずはチームが勝つことがいちばんですから。マイナスではなく、プラスのオーラを出すように意識…しています」
言いきるまでに少し躊躇したあたりに、彼女なりの苦悩が垣間見える。なんとか自分を奮い立たそうとしているのだろう。
「なんとか頑張って。あんまり周りに迷惑をかけられませんし、今は大事な時期なので」
初めて参加した東京2020オリンピックの翌年、眞鍋政義監督体制が始まってからはチームの主軸であり続けてきた。セッター対角に入り、安定感抜群のサーブレシーブと巧みなコース打ちで得点を重ねる。女子日本代表の不動のライト(オポジット)ともいえ、2022年世界選手権では世界中からそのプレーに称賛の声が上がった。
一転して、怪我から始まった2024年度の代表活動。出場権獲得はもちろんのこと、五輪本番に向けたメンバー争いという2つの戦いに林は直面した。
「(これまでのチームで)ありがたいことにレギュラーに入らせてもらってきました。今はなかなか…。焦りですか? ありますよ!! でも焦っても何もできませんから。トレーニングはできていますし、復帰したときにきちんと力を出せるか、そこからが勝負になってくると思うので。パワーをつけることはもちろん、個人練習でサーブレシーブも取り組めてはいるので。その感覚は大事にしていきたい。復帰したら、一気にいきますよ。そのために頑張ります」
謙虚、でも、根っこは勝ち気。そんな芯の太さはずっと変わらない。
そうして始まった代表活動で、ようやく復帰したのはネーションズリーグ直前にアメリカで設けられた事前合宿に臨む頃。全体練習にも入り、6対6の実戦形式のメニューにも加わった。やがて予選ラウンド第3週を戦うために福岡へ。6月10日の前日練習を終えて、ミックスゾーンで聞いてみる。調子はどう?
「ほんとうにもうギリギリで間に合った、という感じです。パフォーマンスは徐々に上がってきているのかなと思うんですけど、まだまだサーブレシーブのところやスパイク…どれでもですね。試合中でも相手の変化に対応できていない部分があるので、そこは相手を見ながら、それに合わせつつ自分のプレーを出せるように頑張りたいです」
調子が上向いているのは確かだった、林が口にした“まだまだ”の部分が的中する。その福岡大会のカナダ戦(6月13日)、林はサービスエースを許す場面も見られ、果ては相手のマッチポイントから痛恨のジャッジミス。相手サーブがアウトになると踏んだボールは、エンドライン手前で自陣のコート内に着弾した。
「試合の終盤にかけて足が動けていなかったのが反省点です。それにリベロの小島満菜美選手がレフトに寄っている分、私が広くサーブレシーブに入らなければなりません。相手も構える方向とは別方向に打ってきたので、そこに対応する必要がありました」
林にとっては準備力と対応力の不足を痛感するネーションズリーグとなった。
そうした不安や焦りを抱えて始まった代表活動はネーションズリーグが終了。林は再びオリンピックの舞台に立つ。国際大会の経験も少なかった東京2020大会のときとは、置かれた立場も、求められるプレーも、そして携える自信も異なる。
「守備の中心となることを求められているのはわかっているので、そこは努力してかなければ。それに攻撃面では前衛でしっかりと点数を取れるようにしたいです。東京2020五輪のときは、すごく自信があったか、と聞かれれば、そうでもなかったのですが、今は経験してきて少しずついろんな面で自信もついてきました。チームに貢献できている自分もいるのかなと感じます」
パリ五輪のメンバー発表記者会見で林はそう意気込みを語った。シーズンが始まったあのときと違って、いつもの凛としたさまを取り戻していた。
そういえば、今年のネーションズリーグでは「皆さんに元気を届けるように頑張りたい」という言葉がたびたび林の口から出ていた。元気を届ける、それは今の林にとってのキーワードにも聞こえた。
「見ていておもしろいバレーをしないとな、って。勝ち負けではなく、最後までボールを追いかける、ブロックでもレシーブでも必死に食らいつく、とか。その姿勢は私自身が見ていて、元気をもらえますから。今の男子バレーもそうですよね、一人一人が粘り強く戦っている姿を見ると応援したくなるので。そういう気持ちになってもらえるように私も頑張りたいんです」
文字通り日本を代表する者としての気概。それもまた、彼女なりに抱くチームへの、さらにはバレーボールとの向き合い方だ。