期間にすれば1年足らず。オフシーズンを挟んでいたことを踏まえれば、参加した大会や試合は数えるほどだろう。けれども、2人の姿を思い返せば、お互いの腕でぎゅっと体を寄せ合う場面が焼き付いている。試合前の呼び込みに始まり、各セットの入りや得点シーン、そして試合後。いつだって2人は抱擁をかわしていた。
「気持ちが一つになっている感じがします。自分がやるべきことをやるのはもちろんですが、2人で相手に勝ちにいくことを確かめるように、あのハグでとても『頑張るぞ』という気持ちになります」
石井美樹(株式会社ラストウェルネス)との抱擁について、菊地真結(トーヨーメタル株式会社)はそのように思いを明かした。
ビーチバレーボール選手として日本代表になり、オリンピックの舞台を戦う。そんな夢を掲げる菊地からすれば、10年以上にわたってビーチバレーボール界の第一線に立ち、オリンピックにも直近2大会で出場を果たしている石井は「憧れの存在」以外の何者でもなかった。
「全ビーチバレーボール選手が憧れるオリンピアンですし、言うまでもなく日本のトップ選手。それに、以前は会話したこともほとんどなかったので…自分がペアを組むなんて考えたこともありませんでした」
交流も深まりつつあるなかで「一緒に試合に出られたらいいね」と話していたことが現実となったのが昨年夏。石井がジャパンビーチバレーボールツアーにシーズン初参戦することになった8月30日〜31日の「第6戦 青森大会」にペアを結成して臨むと、見事に優勝を飾る。なお菊地にとっては、これがジャパンツアー初優勝だった。ペアを結成した当初を菊地は振り返る。
「最初は一緒に練習することでさえも緊張していましたし、私が勝手に怖いイメージを抱いていたといいますか。ですが(石井)美樹さんはコミュニケーション力が高くて、些細なことから言ってくれたり、反対に『(菊地)真結ちゃんの方から私へこういうことも言っていいよ』と接してくれました。競技以外の時間でも他愛のないことなどをとても話しかけてくれるので、今では“めちゃくちゃお世話してくれるお姉さん”みたいな存在です」
そう語ったのは青森大会の翌週、「第7戦グランドスラム エスコンフィールドHOKKAIDO大会」でのことだった。そこでは準優勝だったものの、ペアとしての手応えに加えて菊地は短い期間ながら自身の成長をひしひしと感じていた。

「どちらかといえば私は試合中に『少し調子が悪いかも?』と感じたら、それが最後まで続きがちでした。ですが、細かいことまで美樹さんが言ってくださることで今日の試合でも途中で切り替えることができました。そこはこれまでと比べて、できることが増えたと感じた部分です」
菊地の言葉の端々から出てくる、些細なことや細かい部分に対する言葉かけ。そこに菊地自身は石井美樹というトッププレーヤーのすごさを感じたという。
「練習の時から、普段だったら気づかなかったことまで細かく教えてくださるので、日々の練習で学ぶことがたくさんあります。美樹さんからも『自分が持っているものを最大限に発揮してくれたらいいよ』と言ってくださるのが、とても心強いです。
それに試合の中でも例えば、私がレシーブして美樹さんがトスを上げた場面で、私からすれば『ナイストス』と思っていても、美樹さんは『今のはもう一つ、間(ま)を設けて上げるようにするね』や『私がもう少し低い姿勢にすれば、真結ちゃんももっともっと入りやすいと思うんだ』と言うんです。自分のことだけでなく、私の打ちやすさまで考えてプレーしてくださりますし、そのうえでアドバイスがとても的確。『もう少しボールを下から見てレシーブしてごらん』『もうちょっと腹筋に力を入れて打ってみて』と言われて、それを実践したらほんとうにうまくいくんですよ!! アドバイスとして言語化できるのがすごいなぁ、といつも思っています」
石井から学んでいることはプレーだけに限らない。菊地が目標とする晴れ舞台のことも、当事者から聞ける絶好の機会だった。
「結構、聞きます。オリンピックのこともそうですけど、そこに至るまでの、例えば合宿の話や予選でのストレスのかかり具合だったり。
まだまだ私にとっては遠い場所なので、直接、自分の“ため”になったと感じる部分は少ないですけれど、美樹さんのように小さいことから積み上げる努力をした選手がオリンピックまでたどり着くのだと。そういう明確な道筋を見せてくれたので、夢が身近に感じるようになりました」

そうして2026年のビーチバレーシーズンが始まるにあたり、2人は再びペアを結成。9月の「第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)」へ出場することを目標にしていたが、上位2チームが日本代表に内定するジャパンツアーの「第1戦 名古屋大会」で第3位の成績に終わり、それは叶わず。翌週の「第2戦 グランドスラム グランフロント大阪大会」をもってペアを解散した。
袂を分かち、これからはまた別のペアどうしで、ときにはネットを挟んで戦う。そこではこんな姿を見せたいと菊地は胸に留めている。
「美樹さんの元を離れたとしても、対戦したり、私の試合を見たときに『あ、真結ちゃん上手くなったね』『こんなこともできるようになったんだね』と言ってもらえるように頑張りたいなと思います」
6月7日、「第2戦グランドスラム グランフロント大阪大会」の決勝を戦い終えて、ベンチに戻った2人はいつものようにぎゅっと抱き合った。この大会に臨むにあたって2人が決めていたことは「最後は嬉し泣きで終わろう」。果たして有言実行の優勝で、ペアとしての活動に終止符を打った。
「時間にすれば半年間の練習や試合でしたが、そのときのことを振り返って、思い出していました。『ありがとうございました』という気持ちと『終わっちゃったかぁ』という思いでハグしていました」
いつもハグで始まり、ハグで締めくくるペアが過ごした時間は、優勝で始まり、優勝で終わった。菊地にとってはたくさんの学びへの感謝を詰めこんだ、最後の抱擁だった。




