10月17日のSVリーグ開幕に向け、8月から続々と外国籍選手が来日している。そのうちの一人が、今季から東レアローズ静岡でプレーするイタリア人ミドルブロッカー、エドアルド・カネスキだ。予想以上に来日が早くイタリアでのインタビューは叶わなかったが、来日して2週間ほど経った8月21日、オンラインで話を聞くことができた。
カネスキの本格的なキャリアは、15歳から始まる。2012-13シーズンからイタリアバレーボール連盟の若手育成のための組織であり、当時セリエB2であったクラブ・イタリアで5シーズンを過ごした。2017-18シーズンにアルゴス・ディ・ソーラでスーペルレガデビューを果たした後、ヴェローナ、ピアチェンツァ、そしてミラノと、9シーズンにわたって活躍してきた。今までのキャリアの中で一番思い出に残っているのはピアチェンツァ時代、フランス代表で現在SVリーグ大阪ブルテオンで活躍するアントワーヌ・ブリザールや、イタリア代表のユーリ・ロマノなどと勝ち取ったコッパ・イタリアの優勝だそうだ。
そして今季は初めて海外へ、SVリーグの東レアローズ静岡でプレーする。日本でプレーすることは、日本好きでも知られるカネスキのかねてからの夢であった。

「日本を好きになったきっかけは、イタリア・ウノ(イタリア民放局)で見ていたアニメですね。小学生の時からドラゴンボールが大好きで、最近もいろいろ見ていますが、一番のお気に入りはヴィンランド・サガ。日本のアニメは僕の人生の一部とも言えます」
最初のきっかけはアニメだが、そこで感じられる日本独特の文化にも徐々に興味を持ち始める。そして2024年の夏、満を持してバカンスで日本へーーー。2週間ほどかけて東京や京都、奈良などを回り、特に環境や公共機関での周りに対するリスペクトに触れ、すっかり日本に「恋に落ちてしまった」と言う。
2024-25シーズンが始まると、カネスキが移籍したパワーバレーミラノに一人の日本人選手がやってきた。大塚達宣である。
2024年8月に大塚がミラノに到着した数日後、筆者はインタビューする機会に恵まれた。「カネスキ選手は日本語を勉強していて、食べたラーメンの写真を送ってくる」とその時に大塚が語ったことをカネスキに伝えると「初めての日本滞在を終えた直後で、まだ気持ちが高揚していたんです。その時に経験したことや独学で学び始めた日本語のことなど、タツにいろいろと教えてもらいたくて、僕がタツにべったり、という感じでした」と、懐かしそうに当時を振り返る。
その前からミラノにいた選手やスタッフに「物静かなユーキ(石川祐希)と正反対」と称された大塚。彼のおしゃべりでオープンな性格や、合流してすぐに同部屋だったことも、二人が仲良くなった理由の一つだろう。「今やタツのイタリア語は日本語よりも上手なんじゃないですか?」カネスキが冗談めかして言うほど、大塚の並々ならぬイタリア語力もあいまって、二人の友情はいっそう深まったのだろう。実際にカネスキが来日してから数日後、チームメートの上條レイモンドや重藤トビアス赳と訪れた横浜に、日本代表活動のオフの日に大塚が会いに来てくれたそうだ。

では次はあなたが日本語を学ぶ番ですね?と尋ねると、「Oh mio dio(オーマイゴッド)、はい頑張ります」と笑う。2024年からはアプリなどを使って独学で、日本に来る2か月前からはオンラインでミラノ在住の日本人に習っていると言う。「イタリア語ほど複雑ではないですが、やはり難しいです」と言いながらも、最近のクラブ公式SNSでは、ホワイドボードに自分の名字をひらがなとカタカナで書く投稿が注目を集めた。
2024年夏のバカンスで日本に来て恋に落ち、2025年夏も続けて日本を訪れたカネスキ。旅行と生活は違う、とはよく言われることだが、来日してからの2週間で日本に対する印象は変わったのだろうか。
「いえ、日本には2回来ていますし、その時の印象とは何も変わっていませんね。毎日が楽しくて、ここに来られて本当に嬉しいです。チームの皆さんは手厚く迎えてくださってすぐに慣れることができましたし、三島の町はなんでも揃っていて言うことありません。食べ物は寿司、ラーメン、とんかつ……全部好きです。特に寿司はイタリアで食べていたものと比べると、魚の質が各段に違って本当に美味しいです!」と、顔をほころばせた。
日本に来ることは夢だったが、正直に言うともっと先だと思っていたと言う。「昨シーズン、1月くらいから自分の将来が見えなくて不安だったんです。というのも、移籍市場が本格的に動いているのに、自分が望んでいるようなオファーがイタリア国内からはどこからもこなくて。自分に対する自信が揺らいでいました」と当時の揺れる心境を吐露した。
「そんな時、ちょうどチェチョ(フランチェスコ・レチネ、元東レアローズ静岡所属・パワーバレーミラノでチームメート)からアローズがミドルブロッカーを探していると聞いて。それからレチネ(フランチェスコの父で東レアローズ静岡シニアアドバイザーのステファノ・レチネ)と話をして、アローズに行くことになりました。まさか今シーズンとは思っていなかったですが、いつかは、と思っていた日本に早く来られることになって、本当に嬉しいです」

自分に対する自信を取り戻すため、そしてチームに貢献するため、「今季は何よりも自分自身が楽しみたい。そしてファンの皆さんを楽しませたい」とシーズン開幕が待ちきれない様子だ。そして私生活では、イタリアの家族や友人が恋しくなる時もあるが、「日本人のように暮らすこと。たくさん食べて、いろんな場所に行ってみたい」と期待に胸を膨らませている。
「できるだけ長くいたい」と言う日本で心機一転、新しいキャリアに挑むカネスキにイタリアから大きなエールを送りたい。




