大型ビジョンに映し出された盟友の姿に、武智洸史は思わず苦笑いを浮かべた。
「そんな気がしたんですよ。ワンチャン、祐希なんじゃないかなって。会場はめちゃくちゃどよめいていたんですけど、僕はもしかしたらと予想していたからあんまり大きなリアクション取れなくて。でも素直に、嬉しかったです」
4月19日、福山でのホームゲームは今季限りでの現役引退が発表された武智にとって、ユニフォームを着てコートに立った最後の試合となった。広島サンダーズのホームゲーム最終戦でもあり、試合後は引退選手や退団選手のセレモニーが行われた。選手本人にはサプライズで家族や友人、恋人からのメッセージ動画が流れる中、武智にメッセージを寄せたのが星城高校、中央大学の同期で現在はイタリア・ペルージャでプレーする石川祐希だった。

共にプレーしたのはもう8年前にさかのぼる。互いに日本、イタリアで現役選手として活躍を重ねる中、近年は年に一度、1時間程度の電話で近況を伝え合うのが恒例だった。
今年の電話は、現役引退が決まったその日。高校時代の恩師である竹内裕幸監督と、現役時代はセッターとして活躍後、現在は母校のコーチを務める中根聡太氏に引退を報告した後、時差を考慮して都合の良さそうな時間にかけると、普段と変わらぬ声で応じた石川と、これまでと同様に他愛ない会話が続いた。2月に負ったケガの様子を聞いたのもその時だ。
「去年の代表シーズンもコンディションが上がっていなかったし、今年の初めにケガもして。祐希はプロフェッショナルだから、あえて外野が言うのはストレスだろうなと思ったから、ケガをした直後には連絡しなかったんです。でも、僕のほうもいろいろ話のネタができたし、膝のことも時間が経った今なら話せるだろうと思って、最初は『膝どう?』って。最初はそこから、何でもないことばっかり話していました」
10分ほど経って、武智から切り出した。
「おそらく気づいていると思うけど、俺、現役引退するから」
どんな反応が来るのか。いろいろなパターンを考えていたが、ある意味「予想通りだった」と笑う。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ、って笑いだして、『ついにか。お前もずいぶん粘ったなぁ』って(笑)。一応僕が声のトーンを落として、『お前そこはまずお疲れさまだろ』ってからかったら、そうだな、ってまた笑っていました。でも、あの笑いこそが石川祐希だよなと思って嬉しかった。引退すると言って妙にしんみりされるのは嫌だし、暗くなるのではなく明るく。そういう距離感は高校の頃からずっと変わらないし、どれだけすごい石川祐希になっても仲間を大事にしてくれて、変わらない。そういうところが僕はずっと好きだし、相変わらず祐希は祐希のままでした」
石川と共に星城高では高校主要タイトルを2年連続で制し、前人未踏の“六冠”を達成した。中大でも1年時から出場し、全日本インカレや春、秋のリーグ戦を制覇。4年時の全日本インカレは中根が率いる筑波大に準決勝で敗れ、3位で終えたがJTサンダーズ(現・広島サンダーズ)に入団すると中大在学中から出場機会を得た。
同期で、しかも対角に入るのが石川だったこともあり、武智はディフェンシブな印象も強く、現にアンダーカテゴリーではリベロを務めたこともあるし、高校時代は将来のセッター転向も見据えてセッターの練習も重ねて来た。

器用で、試合に出れば着実にやるべき仕事はきっちり果たす。サンダーズでも数多くの経験を重ねてきたが、近年はリザーブに回ることも多く、今季のレギュラーラウンド44試合のうち20試合にベンチ入りをしたが、試合に出場したのは6セットに留まった。広島はまだ若いクーパー・ロビンソンやダニエル・マルティネス・カンポスといった異国リーグでの経験がない選手がプレーするが、他を見渡せば年々SVリーグの外国籍選手枠も増え、世界トップクラスを飛び越えトップオブザトップの選手たちがずらりと顔を揃える。来季からはオンコートの人数が3名に増えることや、今年1月に30歳の誕生日を迎えたことも重なり、これまではぼんやりと考えていた現役引退。セカンドキャリアについてもより具体的に考えるようになったと明かす。
「ここ数年、結構葛藤はあったんです。なかなか試合に出られないし、自分が評価されているのかもわからない。苦しいシーズンを過ごす中で、それでも自分がチームにい続ける意味や役割は何か。僕の場合は、ずっと試合に出続けることがすべてではなく、たとえワンポイントだとしても自分の出番があれば役割を果たそうと思って準備を重ねてきました。なかなかその出番がめぐって来なくても、これまでサンダーズの先輩方が同じようにメンタルがきつくても頑張ってきた背中も見て来たし、それこそ石川が、世界で頑張る姿も見て来た。だからまだまだ頑張ろう、と思ってここまでは続けてきたんですけど、今年のシーズンを迎える前に、少しずつ自分の気持ちが変化しているのを感じていました」
現役選手としてどこまでもやり続けたい。それは1つの理想ではあるが、家族もいて、年齢を重ねた自分がどれだけできるかと考えた時、このまま選手でありたいと強く願う気持ちと同じぐらい迷いも生じた。
中途半端な気持ちで戦えるほど、甘い世界ではない。試合に出ることを求めるならばチームを離れることも1つの選択肢ではあるが、武智の中にははなから存在しなかった。
「僕はサンダーズが憧れで、大好きなチームだったので、このチームで終わりたいというのはずっと前から決めていました。だからシーズン前の面談で、GMには『もしもチームの人数を考えたりする時に誰かを削らなければならないなら、僕は引退も考えているからその中に入れて下さい』と伝えていました」
開幕すればあっという間にシーズンは進んでいく。天皇杯が終わり、2026年を迎えた時にハビエル・ウェベル監督から「話がある」と呼ばれた時には「いよいよだと覚悟した」と武智は言うが、ウェベル監督が言ったのは全く逆の言葉だった。
「『洸史が引退も考えているというのは聞いているけれど、チームの体制を変えるつもりはない。俺は、洸史に現役をやめさせることは考えていないから』と言われたんです。試合に出る機会は限られていても、監督が自分を必要としてくれているというのが素直に嬉しかったし、監督の思いが嬉しかった。もともと僕、バレーボールが大好きなので。逆にその言葉を聞いて、この先も選手としてだけでなく大好きなバレーボールに関わっていきたい、と強く考えるようになったので、その時に、自分の中では『このシーズン限りで辞めよう』という気持ちが固まりました」
最後のホームゲームではコートに立ってプレーもした。共にチームを離れ、現役を引退する中大の1学年先輩の井上慎一郎と対角でプレーできたのも、最後の思い出だ。
「最大限楽しめました。だから、僕は悔いないし、満足した。去年の僕だったら『まだ辞めたくない』と思って悔いが残ったかもしれないですけど、今年は引退を頭に置きながら『このシーズンで最後だ』と思っていたので、こうすればよかった、ああすればよかった、と思うことは1つもない。やりきれました」

新しい楽しみもある。
「祐希の試合や映像を見たいなって。プレースタイルは全然違いますけど、今までは僕も選手だったから、今まではバレーボールに対する姿勢とか、そういう視点で祐希を見てきたんですけど、これからはまた少し見方も変えて、また別の意味でも学びたいし、何より、シンプルに石川祐希を楽しみたいです」
現役を離れてから見る石川祐希はどんな風に映るのか。高校、大学と7年間対角に入って見てきた景色とは違う目で、盟友を見るのが、これからは何よりの楽しみだ。




