5月17日まで3日間行われた2025-26シーズンSVリーグチャンピオンシップファイナルで、レギュラーシーズン2位の大阪ブルテオンが、レギュラーシーズン1位で昨季の王者、サントリーサンバーズ大阪を逆転で破り、頂点に立った。
前身のパナソニックパンサーズ時代に6度のリーグ優勝を誇ったチームが、“大阪ブルテオン”として掴んだ初の日本一。その中心には、今季からキャプテンを務めたオポジットの西田有志がいた。セミファイナル、ファイナルで脅威の勝負強さを発揮し、チャンピオンシップMVPにも輝いた。
ファイナル第1戦は、サントリーの高いブロックに苦しみ、スパイクに迷いも見えた。
「自分のプレー的にちょっとふわふわした部分があって、アプローチのスピードだったり、不十分なところがたくさんあった」
そう省みた西田は、自身の過去のプレーを約20試合分も見返して、「たぶんこれだろうな」と原因を究明。アプローチのスピードを変えるなど、改善を試みた第2戦は次第に力強いスパイクを取り戻していく。何より、西田の最大の武器であるサーブの破壊力で劣勢を覆し、勝利を引き寄せた。
「楽しむのが第一になっていましたけど、この試合ぐらい勝ちにこだわることをしたほうがいいかなって」
劇的な逆転勝利のあと、西田はサラッと言ってのけた。そしてこう付け加えた。
「明日はもっとギア上げられるな、と感じた」
第3戦で、それを有言実行した。フロントであろうとバックであろうと、迷いなく左腕を振り抜き、スパイク決定率は70.6%に及んだ。そしてサーブは打つごとに威力が増していく。疲労の濃いサントリーが息を吹き返しそうになるたびに、西田のサーブが相手を制圧し、再び流れを引き寄せる。
1、2セットを連取し、第3セットもリードした大阪Bが着々と優勝に近づいていく。サントリーは18-23で、大黒柱のオポジット、ドミトリー・ムセルスキーにサーブが回った。巻き返すための最後のチャンスと、赤いユニフォームを身に纏ったファンが奇跡を祈る。だが、これまで幾度もチームを優勝に導いてきたムセルスキーのサーブは無常にもネットにかかった。「ああ、あかん……」と絶望したサントリーファンの声が漏れる。
24-18。ブルテオンのチャンピオンシップポイントで、西田がサーブに向かう。ためらう理由は何もない。迷いなく放たれた豪球が相手コートに突き刺さり、勝負は決した。

ファイナルの前、同じオポジットの西山大翔は、西田についてこう語っていた。
「チームの雰囲気や流れが悪い時に、難しいボールを決め切ったり、サービスエースを取ったり、すごくチームに影響を与えている。やっぱりオポジットはそういう、大事な場面で必要とされるポジション。そういう部分で西田さんは本当にすごい。
西田さんは自分自身の体としっかりコミュニケーションを取っている。いつも練習の1時間半か2時間ぐらい前に体育館に来て、トレーニングルームでストレッチをしたり、いろいろな準備をして、他の選手が来る頃にはもう準備が完了している。家に帰ってもしっかりケアをしていると思うし、コンディションを整えるために自分ですごくいろいろなことをやっているから、大事なところで決め切る準備ができているのかなと思います」
SVリーグの前身のVリーグ時代から、オポジットではこれまで数々の世界的なスター選手が活躍してきた。その中で一時代を築いたのが、今季限りでの現役引退を表明していた元ロシア代表、ムセルスキーだ。身長218cmのロンドン五輪金メダリストは、8シーズンに渡りサントリーでプレーし、今季を含め6シーズン連続でファイナルに進出。そのうち4度優勝に導いた。

そのムセルスキーが引退した後でなく、ムセルスキーのいるサントリーを破っての優勝ということにも大きな意味がある。
西田は、まだ高校3年生だった2018年1月にジェイテクトSTINGS(当時)の内定選手として史上最年少でVリーグにデビューし、ムセルスキーは2018-19シーズンにサントリーに入団。西田がイタリア・セリエAに移籍した21-22シーズン以外はずっと日本のリーグでしのぎを削ってきた。西田は今回の優勝後、引退するムセルスキーへの思いを、こう語った。
「ムセルスキーさんは、僕が(ジェイテクトに)入団したシーズンから日本に来られて、ほぼ一緒の期間を日本でプレーさせていただいた。常に僕が進もうとする前に立ちはだかるような、そんなシチュエーションが非常に多かったので、僕はムセルスキーさんがいなければ、今のようなメンタリティだったり、こういう強気な選手になることはできなかったと思う。
僕だけじゃなく、日本人選手全員がそうだと思うし、だからこそ日本のバレーが強くなったと思う。普段ムセルスキーさんと対決しているから、他の海外選手と対決しても何も怖くない。僕の中でオポジットとして、彼を超えるような選手はいないんじゃないかなと。技術もメンタリティも、ギアの上げ方も。そういう選手と7シーズン、僕は戦い続けられて非常に嬉しかったですし、やっぱり引退という言葉を聞くと、どの選手にもそうですけど、寂しい思いはすごくありました。でも僕らは勝たないといけない状況下で、極限の試合を、最後に戦えたことは非常に嬉しく思います」
その言葉からは心からのリスペクトが伝わってきた。試合後は、「日本人選手がこれだけ強くなったのもムセルスキー選手や(ミハウ・)クビアク選手のおかげだと僕は思っているので、後継者として僕らが讃えない理由はない」と、大阪Bの選手たちもムセルスキーの胴上げに加わった。
そして、日本代表やパナソニック、大阪Bを長く支えたオポジット、清水邦広も今季限りでユニフォームを脱いだ。
7シーズンぶりの優勝で有終の美を飾った清水は、ファイナルでの西田について、「彼は大舞台になればなるほど力を発揮できるって、僕はわかっていました」と誇らしげに胸を張った。
長く君臨した偉大なオポジット2人が去る。だがSVリーグには西田有志がいる。




